大概の女の子が好きな怪談話。その殆どは都市伝説といわれる、作り話に尾ひれがついて大げさになっただけのもの。しかしその中に、幾つかは本当の話も含まれている。
僕が今日、ここにいるのもその一つを確かめてほしいと頼まれたためだ。きっと何かの役に立つと思い、白一色の花束を手に。
JR中央線、M駅とH駅のほぼ中間。有名な開かずの踏み切り近く、あまり大きくない踏み切りがある。夕方、下り列車の最後尾、進行方向を向いて左側のドア寄りに立つと、声が聞こえるという。「おいで」と。
先日声が聞こえるのを確認して、ちょうど声が聞こえた踏み切りに来てみた。帰宅の時間なのに車も人もほとんどいない。それなのに、妙にざわついた雰囲気だけがそこに満ちていて、何も感じない人ですら、無意識に避けてしまう雰囲気が確かにあった。しかし…、何も見えない。
遮断機が下りる。下りの電車が近づいてくる。
「…!」
僕は思わず息を飲んだ。誰もいなかったはずの踏み切りの中に、人がいる。それも、かなりたくさんの様々なタイプの人たちが、今にも迫り来る電車をものともせず虚ろな顔で立ち尽くしている。そして僕の目の前で、惨劇はリピートされた。そこにいた人数分同時に、幾重にも重なった映像が見えていた。
僕は遮断機が上がった踏み切りに入る。惨劇は跡形も無く、過去のその瞬間が黄昏時のその電車にスイッチを入れられて、見える人に、聞こえる人にだけ、遮断機が下りるたび繰り返し上映され続けていたのだ。「私を助けて」という願いと共に。
「苦しかったんだよね、みんな。でも、関係ない人を道連れにしちゃだめだよ」
僕は2本のレールの真ん中に立ち天を仰いだ。さわさわと、周囲の空気が集まってくる。そして、僕の抱いた花束の中の花びらを連れて、空気の固まり達は上空に昇ってゆく。ざわめきも同時に昇っていき、あたりは嘘のように静かになった。
僕は丸坊主になった花束を下げて再び遮断機が下りた踏み切りを後にした。多分これから当分、この踏切では飛び込み自殺は無いだろう。もう誰も呼んでいないから。
Back